夢を見た後で解き放つ窓の向こう







まだ朝日も昇らない薄闇の寝室は、自分の呼吸音すら気になるほど静かだ。
変に目がさえて、二度寝を諦めた私は、そっとベッドを出て本棚から薄い
ペーパーバックを手に取る。コーヒーを淹れて、ベッドに持ち込む。
眠れない時間をつぶすのは大得意だ。酷く息苦しい夢を見た。
その後味を追い出すように、本の活字に意識的に集中する。

悪夢を見たあとは、現実をできるだけ早く近くするのが何より有効なのだ。その証拠に、
五感が目覚めて行くとともにゆっくりと、夢は夢らしくその輪郭をぼやけさせる。




「はあ」

起き上がったはいいものの、覚醒しない頭を少しかしげて、は長い息を吐いた。
寝癖がついて乱れた髪が頬に引っ掛かっている。

「ゆめか」

そう呟いたかと思うと、胡乱な瞳はようやく私を捉えた。

「……夢?」
「そのようだな」

混乱しているらしい。

「先生が」
「なんで」
「どうして・・・?」


とりとめのない言葉の羅列に適当に相槌を打ちながら、ベッドに腰掛ける。

久しぶりに針を落としたレコード(数年前に校長室の掃除を手伝わされた時に、
ダンブルドアに礼だと押しつけられたものだ)から、だいぶ雑音の混ざった
陰鬱なクラシックが微量な音量で漂っている。

「先生」

絶望的な声では、くしゃりと顔を歪ませた。薄い紅色の涙袋に、
頬の薄い皮膚に、ぼとぼとと水滴が滴る。
怖い夢を見て寝ぼけて泣くなんて、

「…」

全く。
子供という年でもないのに、この女は、
どうしたって、こんなに半人前なのだろう。

「」

薄いシャツからむき出しの肩を掴むと、涙でぼやけた眼がゆっくり持ち上がった。

「先生が…」

そう言ったきり黙りこくったに、持っていたぬるいコーヒーカップを押し付ける。

「飲みなさい」

再び伏せられた蒼白な顔を見下ろしながら、心の底からヤレヤレ、と肩をすくめる。

「どんな夢を見たのかは知らないが」
「まあ悪夢の後の気分はわからないでもないな」

こくん、と喉を鳴らしたはどうやら少しは覚醒したらしく、大分現実的な疲労のこもった溜息を吐いた。

「あー」

コーヒーをハウスエルフに整えさせたばかりの布団にこぼされないよう、
そっとからカップを取り上げる。
寝起きの人間特有の、甘ったるい体温の匂いがふわりと漂う。

「駄目だぁ」

は苦笑して焦げ茶の髪を一束、耳に掛ける。
細長い膝を抱えて顔を下してしまった首筋にゆっくり唇をつけて、眼だけ上げて天窓を見ると、
薄く夜が明けかけている。

カップの中の黒い薬のようなコーヒーを飲み干して、私はため息をつく。