コーヒーはある種の薬であるから、












「訓練が必要なのだ」
「お酒みたいに?」
「そうだな」
コーヒーにきまってたっぷりのスチームドミルクをいれずにはおれないわたしに、先生はおもいっきり
見下した感じの悪い笑い方をする。
先生がこんな風に、詭弁たっぷりの軽口を言うのは決まってなにか機嫌のいい時だ。
「あたし、もともとお腹弱いんですよね…アルコール消化酵素もあんまりないし…」


上滑りした相槌を誤魔化すように小さく声をたてて笑って見せてから、何となく先生の後ろ、レジスター
の前に立っている焦げ茶色のエプロンの、どう見ても寝癖にしか見えないくしゃくしゃ頭の男の子
に目をやった。眼鏡がかわいいけどすこしぼんやりした感じの男の子だ。豆を挽く深い香りが充満す
るコーヒーショップの中は、透明なガラスで外の世界から遮断された明るいシェルターのように、快い
閉塞感に満たされている。店員の男の子がもたつきながら煎れたコーヒーには、それぞれ苦いチョコ
レートが一つずつ付いていて、先生はそういったコーヒーのおまけの類はいつも私に面倒くさそうに
おしつけるのだった。
客が来ないせいでどうにも手持ち無沙汰らしく、漫然とカウンターとレジスターを行ったり来たりしてい
る彼の目に、わたしたちは、どのように見えているのだろう。
(さすがに親子には見えないか)
14年という微妙な、しかしけして短くはない時間は、先生と私の間に不思議な感慨をもたらす。
私がイギリスの典型的な女の子みたいに、やたら大人っぽい美人なお姉さんだったらよかったのに。
なんとか年相応、下手をするとまだジュニアハイスクールの学生に見えてしまう私に、先生は横目で
どうしたってひねくれた性質が見て取れる視線を投げかける。
今日はやたらに、先生との微妙な距離感を意識せずにはいられない気分だ。
わたしたちは恋人どうしではないし、一般的な先生と生徒の関係とも違う。…と思っていたいだけかも
しれないけれど、たぶん。わたしは先生のことをすごく好きだ。でもそれで、先生との関係をどうした
いのかがさっぱりわからない。ここしばらくそのことを考えていたので、なんだか少し疲れている。
そのせいか、今朝は先生はわたしの顔を珍しくまっすぐ見て、顔色が悪いと言って珍しく先生から椅
子を勧めた。なんだか妙に嬉しかった。


「鎮痛薬とおなじですよ。半分が有効成分で、半分が優しさ的な…」
「ではもっと分かりやすく、胃腸薬で割って飲むかね?」


そう言って先生は片唇だけで笑う。先生!その黒い、透けないガラス玉のような目に映るわたしは、
先生にとって、一体…一体…。
お腹のあたりが妙にモヤモヤするのは、コーヒーのせいか、先生への困惑か。少し冷めたカプチーノ
を少し先生の側に押しやって、両手で頬を挟んで溜息をつく。
もう何が何だかわからない。でも、コーヒーカップを包んでいる長い指をみるとどうしようもなくそれに
触れたくなる、このせつなる欲望は、れっきとした存在感でもってわたしの頭を熱くするのだった。



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ありがちなモヤモヤ
スネイプに対して普通の女子にありがちなモヤモヤを抱くのなんか不思議
  



20120320
ゆで