クラムが好き 「あー、やばいすっごいかっこいい。どうしよう先生、これ行っとくべきかな、 行くべきかな先生、どう思います?」 手摺から身を乗り出しながら、林の向こう、湖のほとりに停泊している船に双眼鏡のピントを 合わせる。この塔のこの渡り廊下のこの位置が、最もあの船の近辺がよく見えるのだ。 隣では、逆に手摺に背中を預け、退屈そうに空を見上げているスネイプ先生が溜息を吐く。 血も涙もない変温動物、腹の中まで絶対零度のキャッチコピーでおなじみの先生の息でさえ も、この季節には白く曇って風に散らされていく。クリスマスまであと2週間の冬空に。 私が注視する湖畔では、かの有名な代表選手、ビクトール・クラムが数名のホグワーツの女 子に囲まれている。 ああっ……かっこいいかっこいいかっこいいー!! クィディッチ?あーあなんかルールが穴だらけっぽいスポーツね、みたことないけど。のスポーツ音 痴の私が彼を初めて見たのは、ダームストラング校がホグワーツに到着したまさにその日の夕食。 一目見てそのあまりの格好よさに一気にハマったのに… 「あーもう、ちょっとクラムが球遊びで有名なくらいで、なーんでこんなに競争率が上がっちゃうのーっ!」 「クラムが有名でなくとも、君はあいつを見染めていたと?」 「あったりまえですよ。あたしはクラムのしてることが好きなんじゃありません。ビジュアルが好き なんです」 そう断言すると、先生は片方の眉だけ上げる嫌味な笑いかたをする。 「じゃあ行けばいいだろう、どこへでも」 「ほんとに相談しがいがないですね」 「何を期待しているんだ?」 「んー…もっと、効果的な、というか参考になる恋のアドバイスとか…」 「はっ」 「先生、同じモテ男としてなにかこう、ないですか」 「知るか」 「あっすいません実はそんなにモテないってゆうイタタタタタタ先生っ足っ足踏んイタタタタタタ」 どうしようもなく実のない会話をしているうちに、愛しのビクトールは船のほうに行って見えなくなってし まった。双眼鏡を仕舞って、先生の方を振りむく。 「まあ見ててくださいよ。クリスマスには、ぜったい、あいつをものにしてみせますから!!」 「健闘を祈る」 さあ、あたらしいドレスを探しに行かなきゃ!!!! ・ ・ ・ ・ ・ 12月24日もあと一時間と数十分で終わる。みじめったらしく皺が寄ったミニドレスの裾をひっぱりなが ら、勢いよく階段を降りたら、石段の角がヒールの皮を削る嫌な感触がした。 …ああもう!!!!!!! じわっと目尻が熱くなった。 「先生!」 扉をあける。思いのほか大きな音が出た。 コーヒーの匂い。薄荷のような薬品の匂い。 地上の華やかさとはかけはなれた、ぼんやりした蝋燭の光のなか、スネイプ先生はいつもの皮の椅 子に座り、こちらをちらりと見たとたんに相好を崩した。 「なんだ?そのザマは」 「最悪!!」 扉を閉める。さっきより派手な音。 「お気に入りのミスタークラムはどうした?上で見る限りは、計画は大成功のようだったが」 「もーその話やめてください!!あの最低最悪動物野郎!!」 思いっきり右のヒールで床を叩くと、図らずも数本の蝋燭が激しく燃え上がって見る間に溶けた。 数段暗くなった部屋の中で先生が立ち上がり、ゆっくりこちらに歩いてくる。大きな影絵のような 黒いすがた。先生のつめたい手が、ずり下がった肩紐を上げる。冷たい親指が目尻を擦る。 先生は親指の先にうつったマスカラの残骸を一瞥してから、ゆっくり口を開いた。 「バスルームを貸してやるから、そのあとで私の少々の好奇心を満たしてくれるかな」 「満足そうな顔やめてくださいよ!ムカつく!」 先生のバーカ、と叫んでバスルームのドアを閉めた途端に、全身の力が抜けるのを感じた。 最低最悪でぐちゃぐちゃのクリスマスイブ。残るは一時間。 私の欲しいものって何?こんな夜に考えてもしょうがないことだけど、それがわからないことには、どうにもこうにもならないということだけはわかっていた。 ---------------------------------------------------------------------------------- クラムめっちゃ好き 20120320 ゆで