爪先の毒素 「首を吊る夢というのは、その語感の割には縁起がいいものだとされている」 「そうなんですか?」 「一般的には」 「…そもそも夢占いって、一般的知識ですかねえ」 そう言って、は私に背中を向けたまま首をかしげる。 「そもそも、死や殺人や死刑のイメージは、夢の中ではポジティブな暗示になることが多い。 …死は再生、殺人はトラウマ・コンプレックスからの脱却、死刑は内面の清算」 「殺されかけたんですけど、それはどういった?」 「…肉体と精神へのプレッシャーの暗示だ」 ベッドに壁を背に座った私の膝の上に後ろ向きに乗り、さっきから私の爪先を注視しているは、 それでも楽しそうにゆらゆら状態を揺らす。クリーム色の部屋着にタータンチェックのブランケット をたっぷりと羽織って、そのこもった体温はわたしの腿からふくらはぎにかけてを圧迫しつつ温める。 「でも先生が夢占いを信じてるなんて意外ですね」 「信じているわけではない。ただ君の見た夢に対する世間一般的な解釈を述べているだけだ…もっとも、 トレローニー教授が君の『絞首刑』の夢にどう判断を下すかは知らない」 「…想像がつくなぁ。マグルの夢辞典のほうがまだ説得力がある気がしますね」 「今夜夢でフロイトに相談してみるといい」 くすくす、と背中が震え、笑かさないでください、はみ出しちゃう、と抗議の声が飛んできた。 肺に留まって抜けて行かないような、除光液の揮発する匂いが、時折すっと鼻につく。 足の指の爪の表面が揮発熱で一瞬冷たくなり、温まるのを繰り返す。 「よし完成」 が小さいラメ色の瓶をかちゃかちゃと振りながら膝の上からどくと、一気に肌の表面の温度が 下がって一瞬ぎくりとする。私の両足の爪は濃いラズベリーピンクに染まっていた。血のようなどす黒い赤に、 ぎらりと濃いピンクと銀のラメが光る。まるで毒をもつことを全身で主張する熱帯の花のように。 普段露出されることのない白い足の甲に、それは毒々しく濡れたように光っている。 「もう乾きましたから安心してくださいね」 私の疲弊した顔に満足したのか、は満足げに一度私の首元を抱きしめてから、ころんと隣に横になった。 「先生はゆうべどんな夢を見たんですか?」 「…忘れてしまった」 は私ににやりと笑って見せてから、リモコンのボタンを押して明かりを消した。 二人分の体温ですっかり温まった毛布を引き上げながら、毒の色で染まった爪先を伸ばす。 夢の中、水中をかくように歩くはだしの足を見下ろすと、 ゆらゆら光るラメ色が私を見上げてくすくすと笑い声をあげた。 先生がゆうべ見たのはあれです 変な宇宙人にヒーローだとまつりあげられて宇宙でエイリアンと戦う夢です ミノワ