午前10時の逡巡



目が覚めると日はすでに高く、勝手に開けられた天窓のくすんだガラスから陽光が差し込んでいる。
寝たりた重い体をゆっくり起こす。頭が重い。寝ている間に凝った肩と首筋に手をやる。

「先生って、ほんとにぐうたらできない体質ですねえ」

毎日4時間半の平均睡眠時間を超えて眠ると頭も肩も腰も痛くなる私には、コーヒーに信じら
れない割合で牛乳を足しながら呆れたように笑う。日曜日にしては珍しく、彼女は朝食に間に合う時
間には起床し、私がベッドで過ごした午前を、彼女なりに有意義に消費していたらしい。

ソファには「大人読み」しているらしい大量の漫画本と、テーブルにはほとんどクリーム色のカフェ
オレ。放っておくと、彼女の定位置であるところのソファまわりが漫画だらけになってしまうので定
期的に一番端の本棚に放り込んでおくのだが、実質そのせいではのびのびとさらなるコレクシ
ョンを持ち込んでくることについ最近気づいた。私としたことが何てうかつなことをしていたのだろ
うと後悔し、片づけるのをやめたのだがその結果本の山は高くなるばかりだ。私は他人の心中を察す
ることがどちらかというと得手で、相手が考えていることは大体読むことができるが、それはどうし
てかというと、ニンゲンとはおよそある一定のパターンで思考する生き物で、それも、ある程度思慮
のあるものならそのパターンはさらに定まっていくものだからだ。その置かれた状況に対してわかり
やすくなにかしらの願望を抱き、それを私がおもむろに妨害すると、見る間に私に悪意のこもった視
線を向ける。そうなることで、わたしはいくばくかの安心を得る。こちらが思った通りの思考をする
ものは、こちらの思い通りに行動するものと同じで、この城のほとんどの学生はその未熟さゆえに、
たやすく私の掌の上で踊ることになるのだ。
しかしだ。

「先生も読む?ぼのぼの」

私は、彼女の黒く大きな目をのぞきこむ。私たちの髪と瞳は同じ色で、私が彼女に同族的な親近感を自
然に抱いてしまうのはそのせいかもしれないと考える。ヒトである前に動物として、同じ毛色のものを
求める心理が働いているのか。いや、しかし生き物にはパートナーを選ぶ際に、体臭などを判別し本能
的に自らとより違う性質の個体を選別するという生理が働くとも聞く。よく考えてみれば、それも確か
にあてはまるのだ。毛色の同じ、自分と全くかけ離れた性質の存在。

「なにじっと見てるんですか?まだ寝ぼけてるんですか?」

彼女のことを把握したという実感は、この数年間の付き合いの中でおよそ一度も抱いたことがない。私が
彼女を傷つけるために発した言葉にふんわりと笑って黙って私の手を握ったかと思えば、私が気を利かせ
てしてやったことが原因で突如号泣し、大声で喚き散らしなだめるのに数時間を費やしたこともあった。
つまりは、読めない人間なのだ。結論としては二つ、彼女が私をはるかに超越した生き物であるか、また
は人間の思考におよそ及ばない原始動物であるかで、その判断はどちらにしても私が下せるものではない
だろう。そう考える。そもそもはどうしたって…


「はいはいはい、座って座って」

いまだに覚醒せず神経が行き届かない体がぐいと引っ張られて、いつの間にかひかれた椅子に座らされる。

「どうぞ」

目の前にどんと置かれたマグカップには、ほとんどクリーム色のミルクコーヒー。

「…ミルクはいらない」
「すきっぱらにブラックなんてお腹こわしますよ」

にやにやと笑ってそう言うと、は私の後ろに回って、手櫛で私の髪をたぐった。

「先生って、本当におもしろい人ですね」

手際よく後ろ髪を引っ張り、何かでまとめて縛ってしまう。はなにがそんなにおもしろいのか分から
ないが喉を鳴らして笑い、後ろから腕をまわす。

私は面倒くさくなり、思考回路を一時停止する。
コーヒーは生暖かくて甘く、私は珍しく、再びうすぼんやりとした眠気に包まれるのを感じた。








先生はブラックコーヒーで胃を壊さなくても、牛乳でお腹を下すみたいな性質であってほしい。
きがします。


ミノワ