I Will Take You Home 「あ、これ」 は独り言のように呟いて、棚の上にディスプレイされたオルゴールをそっと手に取る。 小さい、片手にちょうど乗るようなその箱を、壊れものを扱うように注意深く開く。 「かわいいですね」 そう言って目を細めるの頬には、店の外からステンドグラスを通って差し込む黄色い光 が浮いている。アンティークショップの中は薄暗く、ドアの外の真夏の熱を忘れさせる。 日本に来て彼女の部屋に住むようになってから、およそ一カ月がたった。慣れれば、マグルの中での 暮らしもそれほど苦痛ではなくなった。魔法は部屋の中でさえ使えれば不都合はないし、日本語など 話せなくともとりあえず今のところは問題がない。外出は基本的にと二人で、彼女はいつでも 優秀な通訳として、私を円滑にこの国に馴染ませる。 二人きりの暮らし、というものに対して、溜息をつきたくなるような閉塞感とそれに矛盾しない 安堵を感じている。 たとえばそれは、ホグワーツにいたころの暮し…は私の部屋に泊まったり帰ったりを適当に 繰り返していた…とは大きく違う。今の私は、毎日彼女が起き、眠り、食事をし、その他もろもろの 「生活」というものを繰り返すところだけを見つめて暮しているようなものだ。 たとえば、彼女と出会う前の休暇をどう過ごしていたのか、いまではよく思い出せない。 毎日一人で生活し、本を読み、薬を作り、雑務をこなし…そんな日々がいつまにか遠いものになった。 私がそのオルゴールを買ってやり、は自分でアンティークの食器をペアで買った。 「食器は私の趣味ですから。片方、あたしからのプレゼントです」 「そうか」 「…あ、じゃぁ代わりにこれも買ってください」 …ビーンベアも買わされる。デッドストックのプレミア付き。知ってはいたが、抜け目のない女だ。 そのまま近くのマーケットに寄り、カートを押す彼女の後ろをついて歩く。 頼んでもいないのに彼女が商品をいちいち解説して聞かせるせいで、大分マグルの食生活には 理解がいった。もし今強制的にマグル学の抜き打ち試験があっても、この分野に関してはもう 満点がとれると思う。 それをに伝えると、彼女はしばらく笑って、じゃあ帰ったら問題用紙作りますね、と請け合った。 「あー、あついなー」 右手にマーケットの袋、左手で私の右手を握りしめて、は天を仰ぐ。 「夏はイギリスのほうがよかったかも…」 そうは言うものの、ここ日本で育った彼女はこの気候でもそれなりに順応している。 慣れない湿気と熱にたびたび体調を崩す私を日本に連れてきたことを、彼女はたまに、ごくたまに、 非常にまれに…詫びる気持ちになっているらしい。 「…そのうち慣れるさ」 そう呟くと、は信じられない、と言った顔で私を見上げた。 「……珍しく…素直ですね」 「なんだそれは」 思わず苦笑すると、はなにか考えるようにしばらく首を傾げてから、徐々に口元を緩ませた。 「そうですねー、慣れないとですね」 坂の多いこの街は、ある程度の位置の高さになると街並みの向こうに海が見える。 ビーチではないのでそれほどきれいな色をしているわけではないが、彼女はよくマンションの部屋の 窓からそれを眺めている。彼女にとって、この街はすべてが特別なものであるらしい。 それにいまはここに先生がいますしね。彼女はそう言って穏やかに目を伏せる。 強い太陽がようやく傾き、影が伸び始めた。 は買い物袋を大きく振りながら、清々しく顔を上げる。 「今日は早くおうち帰りましょうね」 坂で上がった息を落ち着かせながら、私はの耳のそばの髪の毛をなでた。 同棲シリーズを始めたくて始めちゃいました。 気楽で自由でほんのりせつない先生との東京でのくらし。 しばらく設定ひきずります〜 ミノワ