インドアムービー ぱり、ぱり、ごそごそ(・がキャラメルポップコーンを次々に口に入れる) かたかたかたかた(骨董ものの映写機が回る) ごく小さな、小さな役者たちの台詞、古臭いノイズ交じりのクラシック。 マグル出身で映画好きだった自分には、テレビも映画も金曜ロードショーもない 魔法界は退屈きわまるものである。 …と、はため息交じりに、事あるごとに、うんざりするほどに僕にこぼした。 「あー、映画見たいよう」 「映画というのは、マグルが四苦八苦してミニチュアを使い合成を使って、 怪獣を暴れさせたりビルを爆破させたり船を沈ませたり飛行機をハイジャックさせたりするものだろう。 現実的な魔法に比べたら極めてナンセンスだと思わないか」 「確かにね、ここは映画を見るより断然不思議でファンタスティックよ。 でも、駄目。現実は、映画の代わりにはならないんだよ、セブルス」 そう悲しそうに訴えるをいつも僕は不思議な気持ちで眺めた。 魔法界育ちには、マグル出身者の初期症状である「テレビ中毒発作」などは もともと理解しがたいものだ。普通はそんなものも入学して数か月で見事に 完治するものだが、はもう高学年だというのに、慢性的に映画というものに飢えている。 そんな彼女が、ある日嬉々として僕の部屋に大荷物を抱えてやってきた。 自室のドアを開けてすぐ、大きな木箱とそのそばに座って満面の笑みを浮かべた。 (今でも謎だが、はいつもどうやって男子寮、しかも個人部屋に侵入していたんだろう) 「セブルス!見て、宝箱だよ」 「僕の部屋に勝手に大きな荷物を持ち込むな」 部屋に帰るまでにグリフィンドールの連中の相手をさせられたせいで思いのほか 不愉快な声が出たが、はお構いなしに見て見て、と木箱の蓋をあけてみせる。 「じゃーん!!」 どこかの倉庫にまとめて置かれ埃をかぶっていたであろうその箱の中には、今にも壊れそうな、 一目で十数年前のものだとわかる映写機が麻布に包まれて入っていた。 「マグル学の授業で使ったんだろうねえ。ふっるーいけど、フィルムも何本か一緒に入ってたんだ」 「こんなもの…どこから持ってきたんだ」 「マグル学の教室の地下倉庫。いらないだろーから、持ってきちゃった」 「、君は窃盗罪という言葉など知らんのだろうな?」 「あなたはリ・ユースって言葉を知らないのね。自分にも他人にも地球にも厳しいミスター・スネイプ」 「くだらんな。そんなもの、マグル特有の愚かな自己弁護だ。 学校備品を盗み出すことがどうして環境のためになる?」 「そもそも自分に優しくない人が、地球に優しくなんてできっこないでしょ」 言葉を失う僕に、はニッコリ微笑んだ。 はてきぱきと映写機をチェストに据え、フィルムを巻いて、 スクリーンの代わりにシーツを壁に張った。 「ちょ、セブ、そっち持ってて」 「おい、少し長さが足りないぞ」 「あなたのその腰の杖は棒っきれ?」 ため息が出る。 シーツを張り終えると、僕は釈然としない気持ちのまま ベッドヘッドにもたれて座り込んだ。ベルベットグリーンの天蓋のむこうの、 たわんだシーツのスクリーン。 「セブルスー、明かりを消してくれない」 「・・・ああ」 壁の燭台の蝋燭に杖を向けると、部屋の中は映写機から漏れる古ぼけた光に包まれた。 「食べてね」 嬉しそうに、はどこからかチョコレートバーやパイ、キャンディーバー、 紙のパックに入ったポップコーンを僕のベッドに広げた。 ・・・もう何も言うまい。ベッドに靴を脱いであがるようになっただけで拍手ものだ。 何年も再生されることなく倉庫の中でただ劣化してきたのか、 役者たちの声は不愉快じゃない程度に音が割れている。 はようやく満足しているのかそれとも口いっぱいにポップコーンを つめこんでいるのか、さっきから一言も口をきかずに、僕に足を向けてベッドに転がっている。 けだるくて単調な映像に、若干の眠気を感じながらもじっとストーリーを追いかける。 ようは、表現力の上がった芝居なのだ。なじみはないが、つまらないということはない。 (の主張も、あながち間違ってはいなかったな・・・) 悲劇的なクラシックとともに”THE END”の文字が浮かび上がる。 軽い疲れと夢からさめたようなぼんやりした頭で、大きく息をついて体を起こす。 「おい、、もう・・・」 帰れ、と言いかけて、そこで始めて、がいつのまにか熟睡していることに気づいた。 ポップコーンは半分ほどしか減っていない。 僕は閉口して頭を抱えた。