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先生とドーナツショップ







ここではホットカフェオレとエンゼルクリーム、というのが彼女の定番らしい。
「おかわり自由」という、いかにも薄っぺらそうなカフェオレを流し込みながら
、ユーキはめんどくさそうに文庫本をめくっている。今は恐らく喫茶店の文学少
女でも気取っているのだろうが、口の端に粉砂糖がついているせいでどうにも滑
稽だ。


「ユーキ」
「何ですか」


顔を上げたユーキの口元に、テーブルに束になって置かれているペーパーナプキ
ンを押し付ける。


「!?」


白い粉を全て拭い、子供かお前は、と言ってやるとようやく気づいたのか、あ、
とつぶやいて照れ笑いをする。


「どうも」

彼女は小さい舌で上唇をなめ、カップに残っていたぬるい(であろう)カフェオレを
飲み干した。


「先生、退屈です?」
「いや」
「そうですか?あたしの顔見てるなんてよっぽど暇なんじゃ」


そう言って自分でくつくつと可笑しそうに笑う。細い指がスピンをつまみ、本に
しおりをして閉じる。


「出ますかぁ」
「もういいのか?」
「はい、もう食べ終わっちゃったし」


ユーキは砂糖の付いた指をペーパーナプキンに擦り付けながら、名残惜しそうに
トレーの上の空の皿を見下ろす。


「お腹いっぱい」
「…そうか」





店の外はいつ雪が降り出してもおかしくないような冬の曇天で、露出した顔や指
先に切りつけるような冷たさを感じながら、私達は並んで歩く。
ユーキは街の安っぽいクリスマスのイルミネーションを目で追っている。マフラ
ーに半分も埋まっているように見える顔が赤く凍えている。


「先生はニューヨーク行ったことあります?」
「ないな……そもそもアメリカにあまり興味がない」
「いつか行きましょうね、冬のニューヨーク」
「………人の話を聞いているのか?」


その問いにユーキは沈黙で回答した。



なんにしても、1年たてばまたクリスマス休暇だ。1年後に地球のどこにいよう
と、私達はきっと、同じように単調で怠惰な休暇を過ごし、気が向けば外出して
ドーナツショップで安いコーヒーを飲みながら本を読み、冬の街を散歩すること
になるだろう。


乾燥してひきつった唇を舐めるとざらりと甘く、私は思わず失笑した。