28章のあと






その日、あたしは確かにむしゃくしゃしていた。期限ぎりぎりで無理矢理仕上げ
たレポートは結局再提出だし、トイレで鏡を見たら頬の真ん中に吹き出物ができ
ていたし、昼休みには、また好きな男がよってたかって、グリフィンドールの「ヒー
ローたち」の標的にされているところを見てしまった。おまけに、その彼が意中の
女の子に格好よく助けられちゃうなんて、はずかしくも腹だたしい場面も。一日に
起こる不運としては最悪と言っていい。
………あー、マニキュアが欠けてる。もっと最悪。

授業が終わったあとの城はいつもにましてにぎやかしい。回廊から外を見ると、
赤と金のエンブレムの集団が小さい練習用箒でふわふわ飛び回って、キャッチ
ボールみたいなことをしているし、その下では女の子のグループがきゃぁきゃぁと
歓声を上げている。ふざけた魔法とおしゃべりのざわめき。おしゃべりも庭でば
かばかしいクィディッチの真似事もしたくない私は早々に寮に引き上げる。
(ところで、あのグリフィンドールのシーカーは、常に球を追いかけてないと死んじゃ
う病気なの?)
部屋に帰ればだれか1人くらいは、愚痴につきあってくれる女友達がいるかもし
れない。

スリザリンの扉の絵の中、いつだっていますぐ自殺しそうな顔をしている男に合
い言葉を告げると、彼はかすかに唇をふるわせてなにか呟いてから、小さく扉を
開けてくれた。

………談話室に入ってすぐ、あたしは大広間で時間をつぶさなかったことを軽く
後悔した。

「……セブルス」
柱のように直立して、火の入っていない暖炉を親の敵のように睨みつけていたセ
ブルスは、私の声に勢いよく振り向いた。

「顔色が良くないね。ベッドで休んだ方がいいよ」
「…僕に構うな」
「『彼に構わないで』?」

セブルスの顔がさっと赤くなる。あたしは軽いいらだちを感じながら、出来るだけ
平静な顔を作る。声にはしっかり不機嫌がにじみ出てしまったけれども。

「黙れ」
「あたし、あの子大っ嫌い」
「黙れ!」

あの赤毛の、いかにも「監督生」なグリフィンドールの女の子。
わけ隔てなく優しくて、誰からも好かれて、頼りになる女の子。
あたしの大好きなセブルスが、大好きな女の子。

…ほら、またあたしをそんな目で睨む。



あたしには嫌いなものが多い。
クィディッチも、はしゃいだ女の子も、格好つけたがる男の子も、魔法界のロックバ
ンドも、ゾンコのセンスないおもちゃも、ハニーデュークスの薄っぺらくて甘いだけ
の砂糖菓子も、今の魔法大臣も、ぼんやりしていて軽薄な薬学の教授も。
それをいつもいちいちセブルスに愚痴るので、彼はいつも心底呆れたように呟く。
    「嫌いなものが多いんだな、」
     「まあね、でもセブルスには敵わないよ」


でも。
あんたは知らないかもしれないけれど、あたしが彼女を嫌いなのは彼女が悪いから
じゃない。
あんたがあの子を好きだからだよ。

赤くなった顔を逆に再び真っ青にして、ぎらぎらした怒気を全身で主張するセブルス
を見て、なんだかあたしは何もかもが嫌になる。

「馬鹿じゃないの。かまってほしくないならこんなとこにいるんじゃないよ」
「…そうだな」

憎々しげに唇の端を吊りあげて、そう言うなり大股で談話室を出て行く。その背中は、
すべてを拒絶している。慰めも、同情も、共感も。
あの子以外からの親愛も。


「…ばか」

最悪だ。
談話室の小さな天窓の向こうは、さっきまで清々しい青色だったのに、ふいに重い灰
色の雲がかかり始めている。雨が降り出すかもしれない。明日の薬草学は野外だっ
て言うのに、本当についてない。深く細く溜息をついて、あたしものろのろと女子寮へ
の階段を上がる。

…仕方ないじゃないか。
  あたしには、憎むことしかできないんだから。


彼女が嫌い。あんな子を好きなセブルスも嫌い。

でもあたしは、どうしたって、今すぐ彼を思いっきり抱きしめたいなんて、思ってしまうのだ。








以前はスネイプ→リリーは単なるネタでしかありませんでしたが、最終巻のちはなんだか
これ系のネタがどうしても重くなりますね。

20090226  
ゆで